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大阪高等裁判所 平成6年(ネ)1122号 判決

控訴人 株式会社ペキシム

被控訴人 国

代理人 中村好春 有田知章

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の申立

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成二年八月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

以下に付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。但し、原判決二枚目表五行目の「精神的苦痛による慰謝料」を「無形的損害」と、同二枚目裏一二行目の「現状」を「原状」と、各改める。

一  控訴人の主張

1  京都地方検察庁検察官は、昭和六一年一二月一九日に本件梵鐘を本還付した当時、本件梵鐘の所有権が控訴人に属することを知っていた。

2  文化財保護法は、重要文化財につき、所有権が判明しない場合又は所有者若しくは管理責任者による管理が著しく困難若しくは不適当であると明らかに認められる場合には、文化庁長官は、適当な地方公共団体その他の法人を指定して、当該重要文化財の保存のため必要な管理を行わせることができる(同法三二条の二第一項)ものであるところ、本件還付の場合、本件梵鐘の所有者が控訴人であることは明らかであったし、被押収者の承天閣美術館の管理が不適当であるということもなかった(その後、京都府教育委員会が本件梵鐘の保管を同美術館に指示していることからも、同美術館の管理が不適当でないことは明らかである。)から、同法三二条の二第一項により、本件梵鐘の管理者を京都府に指定したことが不適法であることは明らかである。

したがって、京都地方検察庁検察官は、本件梵鐘の本還付の時点で、同法三二条の二第一項の規定を調査していれば、本件梵鐘につき、同法三二条の二第一項の管理団体指定の事由が消滅した場合に該当し、同法三二条の三により、右指定が解除されるべきであることを認識しえた筈であるから、本件梵鐘の本還付の場合、同法三二条の二第一項の管理団体である京都府に還付すべき合理的な理由はなく、京都地方検察庁検察官が還付先を誤るなどということはありえないことである。

しかるに、京都地方検察庁検察官が、京都府が本件梵鐘の管理団体に指定されている法的根拠をまったく調査せず、漫然と京都府に還付した結果、還付先を誤ったものであるから、右調査をしなかったことは、国家賠償法一条一項の過失にあたるものというべきである。

二  控訴人の主張に対する認否

1  控訴人の主張1は認める。

2  同2は争う。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人の請求を棄却すべきものと認定判断するが、その理由は以下に訂正、付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

二  原判決の訂正

1  原判決三枚目裏二行目の「宗教法人」の前に「京都市左京区岩倉上蔵町三〇三番地所在」を加える。

2  同三枚目裏三行目の「一一月」を「一月」と改め、同行の末尾の「一」を削除する。

3  同三枚目裏五行目冒頭の「れ、」の次に「同月一六日から、」を加える。

4  同五枚目表九行目の「広隆寺」のまえに「同市右京区太秦蜂岡町三二番地所在」を加える。

5  同五枚目表一一行目の「蓮華寺」の前に「同市左京区上高野八幡町一番地所在」を加える。

6  同五枚目表一二行目の「相国寺」の前に「同市上京区今出川烏丸東入る相国寺門前町七〇一番地所在」を加える。

7  同五枚目裏一行目の「初めて」の前に「右実相院から搬出後」を加える。

8  同五枚目裏三行目の「西山」の前に「控訴人代表者の」を加える。

9  同六枚目表五行目末尾の「同日付の検」を「昭和六一年一月一八日付の検」と改める。

10  同七枚目表一〇行目の「によれば」を「のとおり」と改める。

11  同七枚目裏一〇行目の「指定されたこと」の次に「などの事情からすれば」を加える。

12  同八枚目表三行目の「かなり際どい」から九行目の「いうべきであり」までを「申立て、検察官としても、本件梵鐘の本還付当時、その所有権が控訴人に属することを知っていたとしても、刑訴法二二二条、一二三条の本還付の相手方が、必ずしも被押収者のみに限らず、それ以外の者にも還付できるという相当根拠のある見解があった当時においては、国宝である本件梵鐘の安全な保管の確保を考慮し、被押収者ではない指定管理団体の京都府に還付したことをもって」と改める。

三  控訴人は、文化財保護法三二条の二第一項により、本件梵鐘の管理者を京都府に指定したことは不適法であることは明らかであって、京都地方検察庁検察官は、本件梵鐘の本還付の時点で、同法三二条の二第一項の規定を調査していれば、本件梵鐘につき、同法三二条の二第一項の管理団体指定の事由が消滅した場合に該当し、同法三二条の三により、右指定が解除されるべきであることを認識しえた筈であると主張する。

しかし、本件梵鐘の所有者が控訴人であることが判明し、また、承天閣美術館自体の本件梵鐘の管理状況が必ずしも不適当でなかったとしても、そのことから、ただちに、同法三二条の二第一項の管理団体の指定が不適法であるとか、その指定の事由が消滅し、右指定が解除されるべきものであるとはいえず、むしろ、〈証拠略〉によれば、本件梵鐘の被差押人の相国寺承天閣美術館局長有馬頼底は、国宝の行方不明で騒がれていた本件梵鐘が、前記株式会社日本コーディネイト(代表取締役畠山忍)が所持しているとの新聞報道を見て、国宝の逸失を懸念し、自発的に右美術館で本件梵鐘を保管することを思い立ち、自ら同会社の従業員と交渉し、本件梵鐘を右美術館に搬入させたものであり、あらかじめ相国寺及び承天閣美術館の関係者と協議をしたとはいうものの、もっぱら、右有馬頼底の個人的な意向によるもので、相国寺として正式の手続を経て受け入れを決定したものでもなく、また、本件梵鐘が同会社の手に渡った理由や経緯について何ら調査せず、文化財保護法所定の手続を経ないで、本件梵鐘を引き取り、これを右美術館で展示していたものであることが認められ、そのほか、前記認定の、国宝に指定されている本件梵鐘が、その届出にかかる所在場所から無届けで搬出され、その後転々とその所在場所が変更され、国宝の行方不明事件として世間の耳目を引くに至り、その間、文化財保護法所定の届出等の手続を履践せずに所有者の変更が行われた経緯等からすれば、本件梵鐘の本還付当時においても、被差押人の承天閣美術館局長有馬頼底に本件梵鐘の管理を委ねることは、必ずしも適当とはいえず、同法三二条の二第一項の管理団体の指定の必要は、なお失われてはいなかったものと見るのが相当であり、同法三二条の三により、右指定が解除されるべきであることが明らかであったとは到底認められない。そして、その管理団体が、かかる文化財の保護管理者としては、最も適当で、かつ、信頼できる公共団体の京都府であるという点からしても、京都地方検察庁検察官が、本件梵鐘を、その管理団体である京都府に、仮還付のまま本還付したことにつき、押収物の本還付を受けるべき者について、被押収者に限らず、合理的裁量によりそれ以外の者にも還付できるという相当な根拠のある有力な見解が存在し、その見解に立って実務も行われていた当時においては、合理的理由があったというべきであり、右検察官の措置に、国家賠償法一条一項にいう過失があったとすることはできない。

第四結語

以上のとおり、控訴人の本件請求は失当であるから、これを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 志水義文 高橋史朗 松村雅司)

【参考】第一審(京都地裁 平成五年(ワ)第一一五三号 平成六年三月二二日判決)

主文

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成二年八月一一日かしら支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、文化財保護法違反で捜査していた検察官が、証拠物として差し押さえていた梵鐘を、被押収者ではなく梵鐘の管理団体である京都府に還付したところ、最高裁は被押収者に還付すべきものであったのに、京都府に還付したのは違法であるとして右還付処分を取り消したので、梵鐘の所有者であるとする原告会社が右還付処分の取消手続を弁護士に依頼した際に要した弁護士費用や名誉を棄損されたことにより被った精神的苦痛による慰謝料合計五〇〇万円の支払いを国に求めた国家賠償請求事件である。

一 (争いのない事実)

1 京都府警下鴨警察署の司法警察員は、昭和六〇年一二月二日、原告会社(旧商号株式会社三協西山)の代表取締役である西山正彦外四名に対する文化財保護法違反事件で別紙物件目録記載の梵鐘一口を、原告会社が寄託していた京都市上京区の承天閣美術局長有馬頼底から証拠物として差押え、同日文化財保護法(以下「法」という。)三二条の二に基づき管理団体として指定されていた京都府にこれを仮還付した。

2 右被疑事件の送致を受けた京都地方検察庁検察官は、昭和六一年一二月一九日、右西山ら被疑者外四名を不起訴処分にするとともに、管理団体である京都府に本件梵鐘を仮還付のまま本還付した。

3 原告会社は、右還付に関する処分が違法であるとして京都地裁にその取消を求める準抗告を申し立てたが、同裁判所は昭和六二年二月一二日右申立てを棄却する旨の決定をしたので、最高裁に特別抗告の申立てをしたところ、最高裁は、平成二年四月二〇日、被押収者が還付請求権を放棄するなどして現状を回復する必要がない場合または被押収者に還付することができない場合のほかは、被押収者に対して還付するのが相当であるとして、本件の場合はその例外に当たらず、本件梵鐘を被押収者でない京都府に対して還付した処分は違法であるとして、右京都地裁の決定を取り消した(最高裁平成二年四月二〇日第三小法廷決定)。

二 争点

京都地検検察官が本件梵鐘を京都府に還付したことに過失があるか。

第三争点に対する判断

一 〈証拠略〉を総合すると次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1 本件梵鐘は国宝であり、宗教法人大雲寺所有の寺宝として長い間、同寺の鐘楼に吊るされていたが、同五七年一一月一六日、同鐘楼の補修名目で本件梵鐘の所在場所変更届が出され、同寺に隣接しその本山に当たる宗教法人実相院に移されて同院中に保管されていた。

2 ところが昭和六〇年一〇月頃、本件梵鐘が実相院に所在しないことが知れて国宝の行方不明事件として新聞紙等で騒がれるようになり、京都府教育庁で調査の結果、同月末相国寺内承天閣美術館(局長有馬頼底)に保管されていることが判明した。

3 しかし、その当時原告会社は本件梵鐘の所有権を取得したとしながら、本件梵鐘が長期間所在不明であった事情についての真相を明らかにせず、また法三二条及び三四条所定の所有者及び所在場所の変更届も行わず、同年一一月二七日、市民有志から法一〇七条所定の重要文化財隠匿罪にあたるとして告発がなされ、下鴨警察署の捜査するところとなった。

4 文化庁長官は、同年一一月二九日、本件梵鐘の保管に関し、法三二条の二所定の「所有者が判明しない場合または所有者もしくは管理責任者による管理が著しく困難もしくは不適当であると明らかに認められる場合」に当たるとして、京都府を本件梵鐘の管理団体に指定した。

5 同年一二月二日、前記被疑事件の捜査を担当していた下鴨警察署の司法警察員は、承天閣において証拠物件として有馬頼底から本件梵鐘を差押え、同日これを京都府に仮還付し、以後府立資料館で保管されることとなった。

6 捜査の結果判明した事実関係は次のとおりである。

(一) 本件梵鐘の所有名義人である大雲寺は、中西淳が代表役員在任中であった昭和五九年頃、同寺が抱える多額の負債を整理するためと称して、同寺の境内地である京都市左京区岩倉上蔵町三〇三番地の土地を土木工事等の仲介を業とする株式会社日本コーデイネイト(代表取締役畠山忍)に売却し、同六〇年七月、同寺の建物はすべて取り壊され、跡地は更に第三者に転売された。

(二) また右畠山は、同年四月二五日に大雲寺の代表役員に就任したものの翌五月一〇日には辞任してそれまで同寺の寺男をしていた酒井敬淳と交代したが、その間に大雲寺の寺宝(本件梵鐘を除く)一切を他に搬出し、また大雲寺再建のための代替地として右日本コーデイネイト所有の隣地を購入させ、さらに右酒井と代表役員交代に際しては、大雲寺の寺宝は一一面観世音菩薩一体のみで他は引き継ぎがない旨の念書を右酒井と取り交わした。

(三) 本件梵鐘は、蓮華寺副住職安井爾、不動産業者今井邦雄、原告会社社員岡本克己らが関与して昭和六〇年一〇月一日従前の保管場所であった実相院から搬出されて広隆寺旧霊宝殿に預けられ、その後その行方不明が騒がれるようになってから同月二六日蓮華寺に預けられ、更に同月三一日相国寺内承天閣に移転されたうえその所在が公表された(前記のとおり京都府教育庁が初めて現認したのはこの時である。)ことが明らかになった。

(四) 西山は、本件梵鐘の所在を転々とさせた理由については実相院における本件梵鐘の管理状態がよくなかったため国宝である本件梵鐘の散逸防止の目的で行ったと説明した。

(五) しかし、昭和六一年一月一六日までの段階では原告会社が本件梵鐘の所有権を法律上正当に取得したことを裏付ける関係者らの供述や証拠書類の提出もなく、また国宝である本件梵鐘の所有者及び所在場所の変更には法に届出義務が定められているにもかかわらず、前記のとおり関係人はそれらの手続を全くとっていなかった。

(六) しかるに西山は、同月一八日、検察官の調べに対して、原告会社が大雲寺にたいして一億円を、弁済期日昭和六〇年五月二二日と定めて貸し渡し、期日に返済しないときの担保として本件梵鐘を含む大雲寺の寺宝の所有権を原告会社に譲渡する旨の同月七日付譲渡担保付金銭消費貸借契約証書写及び同日付一億円の領収書写を提出し、同日付の検面調書の中で、本件梵鐘は右契約に基づき原告会社が買い取りその所有権を取得した旨供述するとともに右契約書作成の経緯について、同契約書の作成日付は昭和六〇年五月七日になっているが、実際の作成日はその数日後であり、同日付一億円の領収書もその日に現実に金銭の授受がなされたものではなく、西山が大雲寺の土地処分のからみで日本コーデイネイトの畠山から融資を頼まれ、これに応じて同社に対して半年位前から数回に分けて合計二億円を貸付け、そのうち一億円は回収したものの、残債一億円が未済であったため、当時大雲寺の代表役員になっていた畠山からその担保として本件梵鐘を含む大雲寺の動産類を原告会社が取得したものであると申し述べている。

二 ところで、ある事項に関する法律解釈について異なる見解が対立し、実務上の取扱も分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは、のちにその執行が違法と判断されたからといって、直ちにその公務員に過失があったものとすることは相当ではないと解されるところ(最高裁昭和四六年六月二四日第一小法廷判決、民集二五巻四号五七四頁)、刑訴法二二二条が準用する同法一二三条に規定する本還付の相手方については、同条二項に仮還付について「…所有者、所持者、保管者又は差出人の請求により…仮にこれを還付することができる」旨規定しているが、本還付自体の相手方については明確な規定がなく、学説上も〈1〉被押収者に限定する見解と〈2〉被押収者以外の者にも還付できるという見解が対立し、前記第二の一の3の最高裁の決定が出されるまで、実務においても捜査機関の合理的な裁量に委ねられていると解されていた。そこでこれについて本件をみるに、前記認定の事実によれば本件梵鐘の所有名義人である大雲寺は、多額の負債のためその本拠ともいうべき境内地を不動産業者に売却して同寺の本堂を始めとする建物がすべて取り壊され、代表役員も不動産会社の社長に、さらに同寺の寺男に次々と代わるといった異様な様相を呈していて、既に宗教法人としての実体を失っていることが窺われること、本件梵鐘も大雲寺から実相院に移されたのち広隆寺旧霊宝殿、蓮華寺、更には承天閣と転々とその所在を移転されたのにかかわらず、法所定の手続が取られず行方不明の状態が続き、承天閣に保管されていることが判明した後も西山始め関係人は所在不明であった理由について明らかにしなかったので、国宝である本件梵鐘の安全な保管について危惧がもたれ、市民有志の告発により重要文化財隠匿罪として捜査されるとともに、京都府が管理団体として指定されたこと、原告会社の代表取締役である西山は、検察官の取り調べに対し、本件梵鐘の取得経過に関し、日本コーデイネイトの畠山から融資を頼まれ同社に二億円を貸付け、そのうちの残債一億円について、畠山が大雲寺の代表役員であったときに本件梵鐘を担保として原告会社が取得したものである旨かなり際どい申し立てをしていることなどからすると、検察官としては、本件梵鐘が国宝であることからしてまずその安全な保管を確保するため、取り合えず管理団体である京都府に還付することが適切であると判断したものと考えられ、右判断は、右にみた本件梵鐘が置かれていた状況及び前記の当時の法律状態からして、やむを得ないものであったというべきであり、過失があったものとすることはできないものというべきである。

(裁判官 下村浩藏 大野勝則 惣脇美奈子)

物件目録〈略〉

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